PARC TOP池上彰の世界の歩き方 第5回

池上彰の世界の歩き方



第7回 「海外に行きなさい」とダライ・ラマ

 自分の人生とは、どんな意味があるのか。そんなことを考えることもあるのではないでしょうか。「生きていて、どんな意味があるのか」 そんな日本の若者たちの悩みに対して、ダライ・ラマ法王は「世界にボランティアに行きなさい。どんな形であれ、海外で困っている人の援助に行けば、自分が必要とされていることを確認できます」と答えました。
 ダライ・ラマ法王には、これまで5回お会いしました。このうち4回は日本で、1回は法王が亡命生活を送っているインド北部のダラムサラで。話のテーマは、私たち人間が生きる意味であったり、チベットの自治を認めようとしない中国政府に関してだったり、日本の若者たちへのメッセージであったりと、いろいろです。
1959年、ダライ・ラマ法王は24歳のときに、祖国チベットからの亡命を余儀なくされました。その後、インド・ダラムサラに亡命政府を樹立し、今なお亡命の身にあります。
 チベットでは、中国共産党の支配が進み、ダライ・ラマの写真を持っているだけで取り締まりの対象になります。
 2010年までは、チベット亡命政府と中国政府が話し合いの場を持ったこともありましたが、現在の中国政府は、対話の場を持とうとはしません。だらい・ラマの死を待っているとしか思えない態度なのです。
 というのも、チベット仏教は輪廻転生が教えのひとつにあるからです。ダライ・ラマは、チベット仏教では観音菩薩の生まれ変わりと信じられています。菩薩は、仏になる一歩手前の存在。死ねば涅槃に入り、二度と現世に生まれ変わる必要がないにもかかわらず、人々の救済のために、敢えて生まれ変わって現世に戻ってくる、とされています。
 現在のダライ・ラマ14世は、13世の生まれ変わりとされます。ダライ・ラマの生まれ変わりを認定するのは、チベット仏教で二番目に高位の僧パンチェン・ラマ(ラマとは高僧のこと)で、パンチェン・ラマの転生を認定するのがダライ・ラマという相互構造になっています。
 ダライ・ラマは、チベットで修業を積んでいたのですが、中国共産党政権は、「チベットを解放する」と宣言して人民解放軍が侵攻。チベット仏教を否定し、共産党支配を強化し始めたため、ダライ・ラマはインドに亡命。ヒマラヤの麓の町ダラムサラに亡命政府を樹立し、大勢の信者と暮らしています。チベットは、その後、「チベット自治区」として、形ばかりの自治が認められていますが、実質的には共産党政権の厳しい締め付けが続いています。
 一方、パンチェン・ラマ10世は中国に留まり、共産党政府によって軟禁状態にありましたが、1989年になって、チベットに戻ることが許され、仏教儀式を執り行うようになります。ところが、公の場で中国政府を批判したところ、その5日後に急死しました。「心筋梗塞」と発表されましたが、死因に疑問を抱く信者たちもいます。死因ははっきりしないのです。
 ダラムサラにいたダライ・ラマは、中国のチベット自治区で生まれた男の子をパンチェン・ラマ11世と認定します。その途端、その男の子は姿を消し、共産党は別の男児を「パンチェン・ラマ11世」と認定しました。姿を消した男の子は、「世界最年少の政治犯」と呼ばれました。
 将来、ダライ・ラマ14世が亡くなれば、生まれ変わりの15世について、共産党公認の「パンチェン・ラマ11世」が、チベット自治区内で認定することになるでしょう。かくして、中国政府は、チベット仏教の高僧2人を手中にできる、というわけです。そう考えれば、何もいま、ダライ・ラマ14世や、その代理人と話し合いの場を持つ必要がない。これが、中国政府が対話をしなくなった理由です。
 こんな状態になっても、ダライ・ラマは、中国政府を厳しく批判することがありません。共産党の幹部たちにすら、慈悲の眼差しを注ぐのです。
 常に笑みを絶やさず、信者の問いに真摯に答える。その姿に打たれ、山あいの小さな町には、世界中からの人々が引きも切りません。
 東日本大震災で自信を失ってしまった日本。生きる意味を見出すことができずに苦悩する日本の若者たち。彼らに、ダライ・ラマは語りかけます。
 あなた方は、高い教育水準を持つ日本で育った。もし生きる意味を見出せないのなら、世界の貧困地帯に行き、ボランティア活動をしなさい。日本には青年海外協力隊という組織もある。どんな形であれ、海外に出て行けば、そこには、多くの人たちがあなたたちを待っている。そこであなたは、「自分が必要とされている」ことに気づくだろう。自分を必要としている人がいることを自覚すること。それが、「生きる意味」を見出すことにつながるのです、と。
 とかく内向き志向が強くなったといわれる日本の若者たち。ダライ・ラマの激励を、どう受け止めるのでしょうか。


【連載 バックナンバー】
第1回 「世界」を伝えるということ
第2回 少女たちの笑顔の裏に
第3回 真の援助とは
第4回 沙漠のハエは目に集まる
第5回 空から海賊を見分ける方法とは
第6回 今後発展する国を見分ける池上流の方法とは
第7回 「海外に行きなさい」とダライ・ラマ
第8回 パリのテロの現場から



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