PARC TOP池上彰の世界の歩き方 第5回

池上彰の世界の歩き方



第8回 パリのテロの現場から

 2015年11月に発生したパリの同時多発テロ。テロの対象は、政府首脳や政府の建物ではなく、一般市民が集う劇場やカフェでした。こういう対象を「ソフト・ターゲット」と呼びます。パリの場合、エッフェル塔や凱旋門、ルーブル美術館などの人気観光スポット、大統領官邸であるエリゼ宮などは「ハード・ターゲット」です。テロの対象になりやすい分、治安部隊の警備も厳重を極め、テロリストにしてみれば、攻撃しにくい対象になるからです。
 ソフト・ターゲットは、一般市民の生活する場所すべてが含まれます。「卑怯なテロ」と呼ぶと、まるで卑怯でないテロがあるようで、ふさわしくない呼び方なのですが、それでも、そう呼びたくなってしまいます。
 テロから1週間後、現場を訪ねました。多くの犠牲者が出たバタクラン劇場は、大きな通りに面し、人の行き来も多いため、多数の警察官によって厳重な警備が続いていました。パリでは11月30日からCOP21(第21回地球温暖化防止国際会議)が始まり、会議冒頭の首脳会合に出席する各国首脳が献花に訪れるため、その分、どうしても警備が厳重になります。
 劇場の中で無差別銃撃が行われたのですが、銃弾は、劇場を飛び出し、隣接する建物の壁や窓ガラスにも銃痕を残していました。横断歩道の信号機の鉄製の支柱にも銃弾が食い込んだ跡があります。自動小銃の威力がいかに凄いものであるか、改めて痛感します。
 一方、カンボジアレストランなどカフェが狙われた現場は、住宅街の中にあります。通りは狭く、人々の生活の場が惨劇の舞台になってしまったことがわかります。ここに各国首脳が訪れることはなく、警備の警察官の姿もありません。テロで狙われたカフェは庶民の憩いの場。特にカンボジアレストランは美味しいと評判の店でした。
 金持ちが集う高級レストランではなく、庶民の憩いの場を狙う。とにかく無差別に多数の犠牲者を出せばいいというテロリストの黒い情念が漂っています。
 カフェの前の歩道には、多数の花束とロウソクが供えられています。その間に、何枚もの顔写真が貼ってあります。犠牲者の写真です。「多くの犠牲者が出た」というニュースを聞くと、「なんて許せないことを」という憤りの気持ちは起きるのですが、実際に犠牲者の顔写真を見た途端、抽象的な「犠牲者」ではなく、ひとりひとり名前のある個人が殺された、という思いが胸を衝きます。ひとりひとりの人生が、あの夜、一瞬にして絶たれてしまった。若い女性が微笑んでいる写真は、そのことを伝えてくれます。
 写真ではなく、絵も多く飾られています。犠牲者の女性を、まるで現代版ジャンヌ・ダルクのように描いている絵には息を呑みました。その芸術性の高さにです。悲劇は芸術を生む。そんな言葉が頭をよぎりました。
 現場には多数の寄せ書きもあります。中には、「決して許さない、決して忘れない」という、あたかも報復を示唆するような文章もありましたが、多くは、死を悼み、鎮魂を願い、平和を求める文章でした。怒りを表面に出さない分、強く心を打ちます。
 事件の直後、フランスのオランド大統領は、「これは戦争だ」と宣言しました。この言葉は、以前にも聞きました。2001年9月、アメリカ同時多発テロが起きた直後、当時のブッシュ大統領が叫んだ言葉でした。まさかヨーロッパの大統領から、同じ言葉を聞こうとは思いませんでした。それも社会党の大統領から。
 ブッシュ大統領の「戦争宣言」は、その後、アフガニスタン、イラクに対する文字通りの戦争を導きました。イラクの戦後の混乱は、数々の過激派を生み出します。そのうちのひとつが、自称「イスラム国」でした。「これは戦争だ」と叫んだことが、次のテロを生み、再び、「これは戦争だ」の発言を生む。この悪循環は、いつまで続くのでしょうか。
 そもそも今回のテロは「戦争」なのでしょうか。アメリカの同時多発テロの容疑者たちは、サウジアラビアやエジプトからやって来ました。その意味では、「外敵」の攻撃でした。でも、今回は違います。多くの容疑者たちが、フランス生まれのフランス育ちのフランス人でした。これは「外敵による攻撃」ではありません。「内なる敵」からの攻撃だったところに、フランスの抱える病巣があります。
 アメリカのテロの後、アメリカ全土には星条旗が溢れました。今回フランスでも「三色旗を掲げよう」という呼びかけがありましたが、アメリカほどには国旗の存在が目立ちません。アメリカよりは落ち着いた反応を示しているように思えます。
 その三色旗は、フランス革命に由来する「自由、平等、博愛」を表します。テロ攻撃を受けても、「自由、平等、博愛」の理想を貫けるのか。フランス国民にとって、新たな「戦い」が始まっているように思えました。



【連載 バックナンバー】
第1回 「世界」を伝えるということ
第2回 少女たちの笑顔の裏に
第3回 真の援助とは
第4回 沙漠のハエは目に集まる
第5回 空から海賊を見分ける方法とは
第6回 今後発展する国を見分ける池上流の方法とは
第7回 「海外に行きなさい」とダライ・ラマ
第8回 パリのテロの現場から



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